Naosyuke
2022年09月12日
万葉集の歌聖として、そして愛妻家としても有名な柿本人麻呂の終焉地として言い伝えられている島です。
益田川の河口から500〜1000mの所にあり、東西2キロ南北300メートルの大きさだったようです。
当時、非常に繁盛した島でこの辺りを通る船は必ず立ち寄ったと言われています。
また島には鴨山という高くなっているところがあり、そこで柿本人麻呂は亡くなったとのこと。
のちに、島には人麻呂神社と人丸寺が建立されたそうです。
しかし、1026年6月の万寿地震で一晩で沈んでしまい、神社や寺、500軒の民家も没してしまい、この時対岸に人麻呂神社の御神体が流れ着いたため松崎に人麻呂神社と人丸寺が再建されたとのことです(のちに災害対策で移転)。
柿本人麻呂が鴨島や鴨山で亡くなったという物的証拠は何もないのですが、なんか浪漫のある話です。
地図は、柿本人麻呂が終焉の地を望む鴨島址展望地です。
このような言い伝えや島があったのですね。
ダムもそうですが生活のあった場が沈んでしまうのは切ないですね。
益田川の河口から500〜1000m、観光に活かせないかしら・・・
以前投稿した舟越(ふねんご)坂でも書きましたが、やはり当時大きな地震・津波があったのは本当かもしれませんね。
海外であれば石造りの家なので水没しても生活の跡が残るのでしょうが、木造がメインの日本では難しいのかもしれません。
ただ、水深3〜12mぐらいのところに周りよりも浅いところがあるので、そこが鴨島の跡ではないか?と言われているそうです。
当時同時に沈んでしまった島もいくつかあり、そこも同様に浅くなっているそうなので海底調査したら面白い物が出る可能性はありますね。
ぜひ誰かに調査してほしいところです。
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