大社基地配置図
Naosyuke
2021年03月09日

平成7年に作られたこの地図(これすらもう26年前なんですね。)。
基地と兵舎跡・壕跡が良く分かります。
道路からでも幾つかの壕跡を見ることができました。

ほとんどの壕跡は民有地にあるため許可を得ないと内部は見られませんが、そのうちの一つを拝見させていただき、戦後に戦闘機飛燕の弾丸が壕跡にあってお金に替えたとか、山で遊んでいたら足がはまって掘ったら壕跡が見つかったとかいろいろ貴重なお話を聞かせていただきました。

コメント
紀伊神谷
Naosyukeさん こんばんは

第七六二海軍航空隊、開隊時は台湾の新竹にありました。その後
台湾沖航空戦・比島沖海戦・レイテ沖海戦などで戦力を消耗して
昭和19年末に台湾から撤収しました。その後は九州鹿屋基地から
沖縄方面の敵機動部隊攻撃に参加、特攻隊としての出撃もあった
様です。その後はこの案内板に書かれている様に秘匿飛行場の
大社基地に移動、同地にて終戦を迎えました。
2021年03月09日
ここでもkinoco
Naosyukeさん、こんばんわ。
そういえば少し前に、大社基地跡をどこかの法人(?)が買い取ったというニュースがありましたね。
広い土地となると、なかなか保存も難しいでしょうが、なにかしら戦争遺跡を後世に伝えられる物も必要でしょうね。
2021年03月10日
Naosyuke
紀伊神谷さん、こんにちは。
詳しいご説明ありがとうございます。
現地に立ち壕を見ていると、この程度のものでアメリカの攻撃に立ち向かうとかどれだけ無謀な事をしていたのか。
どんな思いで人々は日々過ごしていたのかといろいろ考えるところがありました。
後世のために、この様な看板も県なり国がしっかり設置してくれればとも思いました。
2021年03月11日
Naosyuke
ここでもkinocoさん、こんにちは。
わずかばかりの看板はあるのですが、たしかにもう少し施設が欲しいところですね。
予算の関係で厳しいとは思うのですが。
2021年03月11日
しまにゃんちゃん
Naosyukeさんこんにちは(=⌒_⌒=)
大社にもこのような場所があったのですね。
地図を見ると綺麗に整地されているなと思ったら戦前からの農地ではなかったのですね。戦後に払い下げられたのでしょうか。
ストリートビューに農作業をされている方が写っています。何も知らなければのどかな風景です。
2021年03月11日
Naosyuke
しまにゃんちゃんさん、こんにちは。
先日レンタルDVDを展開している企業に払い下げがきまりました。
せっかくの広い土地ですので活用はされた方が良いですが、何がしかの形で歴史情報が残せると良いですね。
私も今のうちに写真をたくさん取っておきたいと思います。
2021年03月13日
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